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「なぜ生きる」を伝えたい大学で経済学を学ぶ三浦一樹さん(仮名)は、震災当時、小学6年生だった。中学入試を受ける会場の学校が倒壊し、試験が1ヵ月延びた。「何が起きたのか知りたくて、試験会場に足を運びました」 アスファルトの道路はヒビ割れ、ようやくたどり着いた校舎には、立ち入り禁止の案内が張られていた。「これが現実なのか……」。しばらく、その場から動けなくなった。 仏法と出遇ったのは、それから6年後の春である。 「講演会で、がれきの下から救われたのに自殺しようとする人がいると聞き、ショックでした。確かに、自分の家の周りにある仮設住宅でも、亡くなった人があると聞いていました。生き延びたのに、なぜ死を選んでしまうのかと、せつなくなりました。未来永遠の幸福を説かれた親鸞聖人の教えを、聞かずにおれなくなったのです」
平成16年の新潟県中越地震のテレビ中継で再び、家も財も家族も、ほんの数秒で崩れてしまう現実を知らされた。 地震後、大学のキャンパスでは、ボランティアの学生が大きな声で、「1日も早い復興を」と募金活動を始めた。 必死に叫ぶ学生の姿に心動かされる一方、「ボランティアは大切なことだが、『被災者にお金や救援物資を提供する事は、人生苦の根本解決にはならない』といわれる。もっと大切な『なぜ生きる』を、どう伝えたらいいのか」と悩みつつ、級友に仏法の話をした。 「震災から10年たちました。神戸でも、地震を知らない人、忘れてしまった人などいろいろですが、やがて崩れるものを支えとして生きている人ばかりです。そんな人たちに、壊れない幸福のあること、それこそが人生の目的であることを、お伝えできたらと思います」
「火宅無常」まことだった「朝、グラッと揺れた瞬間、母が飛び起きて、私たち姉妹の上に覆いかぶさってくれたのを、今もはっきり覚えています」 大学1年生の田代まさ子さん(仮名)は、当時、小学3年生で、兵庫県北部の町に住んでいた。 がれきの山と化した神戸の町を見て、「あんな大都市が、たった20秒の揺れで崩壊してしまう。何てはかないのか」と感じた。 平成16年春、親鸞聖人の教えと出遇い、 「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もって空事・たわごと・真実あること無きに、ただ念仏のみぞまことにて在します」(歎異鈔) のお言葉を知る。 「事実、神戸ほどの町が、一瞬で崩れてしまいました。私の信じているものも必ず壊れ、裏切られる時が来る。仏説まことと思わずにおれませんでした」 復興の陰で、仮設住宅に住む独り暮らしの老人が自殺したり、「あの時、死んでおればよかった」と嘆く声も聞こえてくる。 「物質的な繁栄だけでは、人は幸せになれないと、親鸞聖人から教えていただいています。真実の仏法を聞き、本当の幸福になって、困窮する人たちに、この喜びを届けられるようになりたいです」
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浄土真宗親鸞会 兵庫県 |
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